なんだか泣けてくる、下北沢を守りたい方々のメッセージを厳選
save the 下北沢に送られた下北LOVEな方々のメッセージを読んで欲しい
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2008年10月08日(Wed)
なんだか泣けてくる、下北沢を守りたい方々のメッセージを厳選
save the 下北沢。再開発が進められている下北沢を守るべく
立ち上がった有志達。そのサイト内に応援メッセージがある。 思い出のある方、今も下北沢に住んでいる方。そんな方々の 下北沢に対する「目頭の熱くなる熱いメッセージ」を厳選した。 ※今日のエントリは長いです。 ------------------------------------------ 女 20代 三鷹市 アルバイト 私の家は三鷹。生まれも育ちもずっと東京で、もう26年。 初めて下北に降りたのは、高校生になって電車通学をするようになった時。16歳。 それから数年、学校の行き帰り、休みの日… 本当によく下北の街を歩いた。 流行には疎い方だけど、それでも「東京」に生まれ育って、いろんな物を見てきた。 近所の畑はどんどん潰され、同じ作りの建売住宅が並んで 幹線道路は大型店舗が並び、大きな駅は駅ビルがあって、 圧迫感のある高い建物と、狭くなる一方の空。 …東京は、どんどん壊して、どんどん建てる。 結果、どこに行っても同じような景色。 どこに行ってもあまりに似ているので、「地元」というものがどこだかわからないし、愛着も湧かない。 そんな中で、どこまでも続く商店街と住宅街の交じり合った下北は、本当に不思議な魅力の街。 歩くのが楽しくて、迷うのも楽しい。目当てのお店にたどり着く前に、素敵なお店を見つけちゃって、 ついうっかり寄り道しちゃう。 そんな楽しみが詰まってる。 迷うのが楽しいなんて! ネットや携帯が発達して、カーナビや乗り換え案内が当たり前になって、 駅前はでっかいビルがごろごろしているような「21世紀」では、 道に迷うことなんてありえない。 こんなアナログな楽しさ、なかなかないんじゃない? 東京で生まれ育ったから、よその街は知らないけど、一つだけ言えることがある。 日本だけじゃなく、世界でも最先端が揃う東京で、唯一不足しているもの。 それは「古いもの」と、それを残す「心」 いくらお金を積んでも買えないもの。 それが「時間」 お金をかけて壊すことは簡単で。 でも、二度と戻らない。 20代 東京都中野区 大学生 「下北沢は私の夢なんだ!!!」 大学4年の私は、大学入学のために小田急線沿いに引越した。 そこではじめて、スズナリに行った。衝撃だった。あの、密集感! たまらない。あの空間、あの大きさの、あの建物でみる演劇が好きだ。 現在、私は演劇の制作を目指している。その夢の先には、下北沢!!! 今の、あののんびりてくてく下北沢と、あの建物のスズナリがあって欲しいんです。 その中でチーフクラスに成長した私が制作として働くことが理想です。 じゃなきゃ、私のこの4年間はなんだったんですか? 私の夢が、再開発のために奪われると思うと残念でなりません。 男 30代 代沢5丁目 会社員 大学を卒業しロックスターになるため千葉の実家を出ることにした。 16年前のことだがロックな街として有名な高円寺、下北沢、三軒茶屋、新宿あたりでアパートを探した。 商店街に活気があり、何より駅前に車が入ってこないのが気に入って下北沢に決めた。 結局予算の関係で東北沢の風呂なしアパートに住むことになった。 下北にいれば簡単にプロになれると思っていたが、当然そんなウマイ話もなく10年が過ぎ、やったことと言えばロックバーを飲み歩いて女をナンパしてただけ。 しかし楽しかった。 30過ぎて初めて就職し運良く結婚もできた。 下北に家を買った。 給料の半分が住宅ローンだが毎日楽しくて仕方ない。 休日は嫁と二人で下北を散歩し、道行く人の顔を見る。 みんな楽しそうに笑っている。 大爆笑しているカップルもいる。 最近気づいたんだがみんな道に迷っているらしい。 だから笑っちゃうみたいだ。 俺にとって下北沢は楽園であり、独立した国のようにも思える。 夢を持った若者がたくさん集まり街を作っている。 ジジババ達は応援もしなければジャマもしない。 むしろ遠目に楽しんでいるのだろう。 ドーロが作られたから「下北沢」が崩壊したでは困る。 カリスマの登場を待つ。 女 30代 北沢5丁目在住 会社員 下北沢の近所に住んでます。 下北沢をどこにでもあるような新しい街にしないでください。 何処にも無いような、個性豊かな街がひしめき合って それが東京の一番の魅力だと思います。 再開発をして新しい街はわりと何処にでもあります。 どこまでいっても都会で、古い物と新しい物が混在して 降りる駅、路線、場所によってこんなに表情豊かな大都市は そうそうありません。 その中でも下北沢のように小さい、若者の文化がちっちゃく ごみごみとひしめき合って、古いものと新しい物が混ざりあい いつでも沢山の若者の夢が生み出されているような おもちゃ箱みたいはまちは東京でもここしか無いと思います。 私は北海道出身ですが、下北沢のある東京をなかなか離れられません。 日本から下北沢がなくなるのはとてもつらい。 無くさないで。 私も署名集めます。 20代 東京都世田谷区 下北に昔から居た訳じゃない、下北生まれでも下北育ちでもないし、ただ数年前から世田谷に住み始めて、ちょくちょく遊びに行く街という感じだった。 とにかくもうどうしようもなく悲しい。 なんでだろうか? 最近駅前のツタヤやドトールが消えてしまった。 なんて悲しいのだろうか。 なんか違う。 違うよ。 街のあるべき姿とはなんだ? なんでもかんでも高層化なのか? 残すところは残していきましょうよ、そうしないと、下北以前に東京という街がとんでもなくなってしまうよ。 女 30代 栃木県 会社員 TVの報道等で何度か拝見していました。 18歳〜20歳を東京のはずれの街で過ごした私にとって 電車で30分ほどで行けた下北の街は本当に本当に大好きな思い出の地です。 毎週のように遊びに買い物に出かけました。 今では年に一度行くか行かないかになってしまいましたが それでも上京した折には立ち寄らずにはいられない街ですし 十数年前から変わっていないお店を見ると本当に嬉しくなります。 今、私の住んでいる地元は中途半端な開発の結果 肝心要の中心街が寂れ、有名デパートでさえ閉店してしまうという最悪の事態です。 行政は行政なりに危機感を持っているようですが・・・ いかんせん街中に魅力がなく、郊外の大型店ばかり発展しています。 再開発に携わる方々に一度わが街を見に来ていただければ 手を入れて人工的な都市化をした街がいかにつまらない活気のない街になるか 理解できるのではないでしょうか? ちなみに餃子が有名なところです。 地元民も田舎モノも酔っ払いもすべてを受け入れてくれる下北。 ミュージシャンや俳優さんが飄々と自転車を漕いでいる下北。 活気にあふれている街を再開発する必要などないと私は感じます。 女 30代 北海道札幌市 会社員 20世紀の終わりを過ごした下北沢。 本当に毎日のように「シモキタ」を徘徊し、先輩や友達と飲んで喋って、時にはもめて・・・でもそれらのすべてが輝いていたのは、「シモキタ」だったから。 他の若い子で溢れた街や、再開発でご立派になってしまった街では、それらはただのスタイルでしかなくって、思い出に残る、心の糧になる、そんな気持ちにはなれないはず。 夜中フラフラ歩いた「シモキタ」は老若男女問わず、いろんな人がいろんな姿で生活してて似合う街。 それは今の「シモキタ」じゃないと成立しない。 街がご立派になればなるほど、元々そこで集った多くの人は疎外感を抱くことになり、街はまったく変わってしまう。 変わってしまった街は、元の街に魅力を感じていた人にとって、全く魅力的ではなくなる。 そこに生活する人、そこに集う人、そこの空気感まですべて変わってしまったら、それはもう「シモキタ」ではない。 力があれば「シモキタ」を「シモキタ」じゃなくするのはきっと簡単なんだろう。 でも、そのオカミノチカラとやらを皆で吹き飛ばして、「シモキタ」を守っていきたい! 微力ながら応援しています。 署名など、遠くてもできることはどんどん参加します! 下北沢を守りましょう! 女 30代 世田谷区北沢1丁目 会社員 大正一桁生まれの祖母は、カトリック世田谷教会のルルド(教会の裏手にある、フランスのルルドに出現したという聖母マリアを再現した岩壁と像)に寄り、スズナリの横を通って、駅向こうのピーコックへ買い物に行きます。祖母にとって、嫁いでから60数年来、世田谷教会のルルドのマリア様は心の拠り所です。都内の多くの教会が近年現代建築へと建て直されて行く中で、世田谷教会は、こじんまりと昔ながらの佇まいを維持しており、小さい教会の割りに広い庭と、他に類を見ない立派なルルドはそこだけひっそりと時間が止まっているような空間です。 しかし、54号線のために、そのルルドが壊されてしまいます。シモキタに行く度に、祖母は街が大きく変わろうとしていることを淡々と話しますが、寂しさが滲み出て、胸が痛みます。 一方で、実は祖母は昨年まで自分で運転していたので、車の便利さは高齢であるだけに痛感している人間ですが、下北沢は「歩く街」であると思っています。住民が不便を感じていないところに、なぜ54号などという環七並みの広い道を、税金を投じて通す必要があるのか、全く理解できません。 女 10代 愛知県 学生 私の愛する音楽を愛するアーティスト達が大きく成長し、羽ばたいて行った愛すべき場所。 何も知らない大人達が、勝手に奪っていいものではない。 環境だけでなく、人の心まで破壊するのか。 フリーカメラマン 10年前に世田谷演劇祭に参加したのがきっかけで下北沢と出逢いました。 先日駅前でチラシをもらい、道路敷設の計画を知り、激しく憤ってます。どうして放っておいてくれないんだ?訪れる人や住んでいる人が居心地よく思っているものを何故破壊しようとするんだ?・・・様々な街を均質化していくことになんの魅力があるのだろう。 いつだってカメラを向けたくなるようなエネルギーあふるる街のままであって欲しいと願い、賛同しました。 女 20代 世田谷区代田 フリーター 代田に住んで8年になります。その間、下北沢でいろんな出会いや人間模様を見てきました。 駅前の時計台に腰をおろしているとご近所のお年寄りに声をかけられ、何十年前の下北の様子を聞かせて頂いたり。。。 70年代位の男性が20代のタトゥだらけの男性からたばこの火を借りていたり。。。 下北駅近くの小さな商店の店長さんにうちのペットのご飯をプレゼントされたり。。。 本屋さんの外に置いてあるワゴンが急に走り出してしまい、見知らぬ人同士で散らばった本を拾って笑いあったり。。。 そういった小さなふれあいとか世代を超えて街の中で自然にふれあえるのには、単にそこにいた人たちの心のもち方だけではなくて、下北が好きで集まった一体感とか、街の雰囲気も含まれてるのかなって思ってます。都市開発して交通の便も良くなって、新しいお店も出来て街がきれいになって。。。悪いことではないかもしれないけど、そんな街はたくさんあるのでは?下北には他の街にはない何かがあるのでは?それを壊してしまうのは本当にいいこと?頭の中にたくさんの?が浮かぶし、なにより。。。なんだろうとても大切な人を失ってしまうようでとっても寂しいです。この8年間、私を守ってくれたこの街をこのまま残したい。次の世代にも見てもらいたい気持ちでいっぱいです。 ------------------------------------------------------- 壊すのは簡単、治すのは不可能。一度やってしまったら元に戻らない。 それが土地開発。国が潤えば国民も潤う。それは国の考えであって 国民の考えではない。独り善がりの政治に国民が付いていくほど 国民はバカではない。結局日本人は諸外国に移住している。 お山の大将気質をどうにかしないと日本は先進国から外れてしまうよ。 この記事に賛同できたら是非ともsave the 下北沢にメッセージを 送ってあげてください。あなたのメッセージが必要なんです。 |
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